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最高裁判所第二小法廷 昭和54年(オ)528号 判決 1980年2月29日

上告人

竹内義郎

右訴訟代理人

阿久津英三

被上告人

竹内通勝

右訴訟代理人

加藤恭一

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人阿久津英三の上告理由第一点及び第二点について

農地の買主が売主に対して有する知事に対する農地所有権移転許可申請協力請求権(以下、単に許可申請協力請求権という。)は、民法一六七条一項所定の債権にあたり、右許可申請協力請求権は、その権利を行使することができる時から一〇年の経過により時効によつて消滅するものであることは、当裁判所の判例とするところ(最高裁昭和四九年(オ)第一一六四号同五〇年四月一一日第二小法廷判決・民集二九巻四号四一七頁)、他人の農地の売買の場合における買主の売主に対する右許可申請協力請求権の消滅時効は、売主が他人から当該農地の所有権を取得した時から進行するものと解するのが相当である。けだし、農地の売買に基づく農地法三条所定の知事に対する許可申請は、売主が農地の所有者であることを前提として売主と買主の連名ですべきものとされているから(農地法施行規則四条二項)、売主が他人から当該農地の所有権を取得しないかぎり、売主は右許可申請手続をとることができず、買主の有する右許可申請協力請求権は、売主が知事の許可を得て他人から当該農地の所有権を取得した時に始めてこれを行使することができるものとなるからである。

これを本件についてみるに、本訴は、上告人が昭和三五年三月二五日被上告人から訴外相羽栄の所有である本件農地を買い受けたとして、被上告人に対し右農地につき愛知県知事に対する農地法三条所定の許可申請手続をすることを求めるものであるが、被上告人は、昭和三六年三月一五日右相羽から右農地を買い受けたうえ、同年七月二八日愛知県知事から右農地の所有権移転の許可を受けてその所有権を取得したというのであるから、上告人の被上告人に対する右許可申請協力請求権は、被上告人が右相羽から右農地の所有権を取得した昭和三六年七月二八日より一〇年の経過によつて時効により消滅したものといわなければならない。

それゆえ、これと結論において同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第三点及び第四点について

記録にあらわれた本件訴訟の経過に照らすと、所論許可申請協力請求権の消滅時効の中断について釈明権を行使せず、又その点について審理しなかつた原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第五点について

本件事案の内容に鑑みると、原審が上告人主張の売買契約の成否について判断するに先だち被上告人の許可申請協力請求権の時効消滅の抗弁について判断したとしても、違法を来すものではなく、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(栗本一夫 木下忠良 塚本重頼 鹽野宜慶)

(大塚喜一郎は退官につき署名押印することができない。)

上告代理人阿久津英三の上告理由

第一点 原判決(控訴裁判所の判決)には法律の解釈適用を誤りたる法令違反がある

一、本件売買は第一審並に控訴審に於ける事実関係により明白なる如く他人の所有に係る農地の売買であり其の契約内容は上告人提出昭和五一年五月一日付準備書面記載の如く

1 被上告人は訴外相羽栄と早急に売買契約を締結し且つ売買土地に付訴外相羽栄と協力して農地法第三条の規定による所有権移転許可の申請手続をなすこと

2 右1の農地法第三条に基く所有権移転の許可ありたるときは遅滞なく売主である訴外相羽栄と協力して右相羽栄から被上告人の所有名義に変更する所有権移転登記手続をなすこと

3 右2の所有権移転登記を完了したるときは被上告人名義から上告人の所有名義に変更するに付農地法第三条に基く所有権移転許可の申請手続をなすこと

4 右3の所有権移転の許可ありたるときは直に上告人の所有名義に変更する所有権移転登記手続をなすこと

5 右4の所有権移転登記完了と同時に上告人は被上告人に対し残額金七拾参万壱百円を支払うこと

である

二、原判決は其の判決理由に於て

農地法第三条所定の許可申請手続に協力を求める権利(以下許可申請協力請求権という)は右売買契約に基づく債権的請求権であり民法第一六七条第一項の債権に当たると解されるそうして売主がたまたま他人物を売買の目的物となしたときであつても買主はその売買契約の成立日から売主に対し目的物の権利を買主に移転するようその権利を行使し得ることは明らかであるから右許可申請協力請求権は売買契約成立の日から一〇年の経過により時効によつて消滅するといわなければならない

と判示している

三、然れども原判決にいう許可申請協力請求権が債権的請求権(勿論異論あり)であるとしても右許可申請協力請求権は売買物件が訴外相羽栄から被上告人に対し所有権移転がなされたときに始めて行使し得る債権的請求権であつて右債権的請求権はそれ以前に於ては被上告人に対し事実上は勿論法律上に於ても行使し得ざるものとみるのが相当である。

四、売買物件が訴外相羽栄の所有に属し未だ被上告人所有となる以前に於ては上告人が被上告人に対して請求し得る限度は被上告人と訴外相羽栄間の売買物件に対する売買を早期に完結することを要請し得るに止まるものであり上告人は右早期完結について被上告人に対し再三に亘り要請し居りたるものである

五、前項の次第であるから上告人は被上告人に対し売買物件を訴外相羽栄から被上告人名義にするための訴外提起につき訴訟代理人を紹介し且つそれに要する金銭的援助をもなし更に右訴訟に協力した

六、前項の事実は第一審第二審に於ける訴訟記録により明白である

七、原判決は第二項の判示に於て

売主がたまたま他人の物を売買の目的物としたときであつても買主はその売買契約成立の日から売主に対し目的物の権利を買主に移転するようその権利を行使し得ることは明らかである

と判示するも右判示は第三項第四項に照し事実上法律上共に出来ないことを強要するものであり不可解である

八、尚民法第一六六条第一項には

消滅時効は権利を行使することを得る時より進行すると規定され右に言う「権利を行使することを得るとき」とは本件に於ては本件売買物件が被上告人名義となりたる昭和五〇年三月六日(上告人が原審に於て提出したる昭和五三年一二月四日付準備書面第五、参照)であると言わなければならない

九、原判決摘示の

許可申請協力請求権の消滅時効は前項の昭和五〇年三月六日まではその進行が停止されているものと言わなければならない

一〇、以上の次第であるから原判決には法律の解釈適用を誤りたる法令違反があり右法令違反は原判決に重大影響を及ぼすから原判決は当然破毀せらるべきものである

第二点 農地法第三条所定の許可申請手続に協力を求める請求権は消滅時効に罹らない

一、農地法第三条所定の許可は農地の所有権移転の効力発生のための法定条件であり右許可申請をなすべきことを求める請求権は農地所有権移転の効力を発生せしめるについての不可欠の要件として行使を要するものである従つて之れを登記請求権の側からみれば常にこれに随伴する権利とみるべきであり時効による消滅あるいは中断についても登記請求権と共に消滅あるいは中断等の効果を受けるべきであると考えられる従つて本件登記請求権の根拠は右許可があつたばあい取得しうべき物権的請求権であると考えるのが相当である従つて右請求権には消滅時効の規定の適用はなくこれに随伴する知事の許可申請の請求権も消滅時効にかからないと解すべきである

二、尚仮りに然らずとするも

許可申請協力請求権は農地所有権移転の効果発生の実現に必要不可決のものとして存在価値を有すると同時に他に存在価値を認められるものではないから県知事等の許可により農地所有権を取得し得べき権利に随伴し発生消滅するものと解するのが相当であり右権利の時効消滅(民法第一六七条第二項により期間二〇年)に随伴消滅することは格別これと離して別個に許可申請手続協力請求権のみが時効により消滅することはないと解すべきである

三、以上の次第であるから前記第一点の外にも原判決には法律の解釈適用を誤りたる法令違反があり右法令違反は原判決に重大影響を及ぼすから原判決は当然破毀せらるべきものである

第三点 原判決は審理不尽である

一、原判決はその判決理由に於て

売主がたまたま他人の物を売買の目的となしたときであつても買主はその売買契約成立の日から売主に対し目的物の権利を買主に移転するようその権利を行使し得ることは明らかである

と判示している

二、上告人は本件上告理由書第一点第四項記載の如く被上告人に対し被上告人と訴外相羽栄間の売買の早期完結を要請し同第五項記載の如く被上告人と訴外相羽栄間の訴訟に協力したものである

三、前項の要請協力は早期に被上告人と訴外相羽栄間の本件売買物件に対する売買を完結し本件売買物件を早期に上告人の所有名義に移転登記手続をせよとの要請協力であり右要請については当然に許可申請協力請求の内容を包含するものであり右要請により許可申請協力請求権の時効は中断せられおるものと見るのが相当である

四、原判決は前項の事実を無視し原審に於ける上告人代理人の主張した

本件土地の売買はいわゆる他人の権利を以つて売買の目的とした売買であるから許可手続協力請求権の消滅時効の起算日は本件不動産控訴人(被上告人)の所有となつた時すなわち控訴人(被上告人)と相羽栄の遺族との間に調停の成立した昭和五〇年三月六日(原審判決事実欄被控訴代理人の陳述二)

との主張のみを取り上げたものである

五、以上の次第であるから原判決には審理不尽の違法があり右審理不尽は原判決に重大なる影響を及ぼすものであるから原判決は当然破毀せらるべきものである

第四点 原判決は釈明権の行使を怠りたるものである

一、本件上告理由第三点の事実は簡単なる釈明権の行使により容易に判明し得るものであり右釈明権の行使は厳正公平なる裁判に於ては当然のことである

二、右釈明権の不行使は原判決に重大なる影響を及ぼすものである

三、以上の次第であるから原判決は当然破毀せらるべきものである

第五点 原判決は理由不備である

一、被上告人が原審に於て提出したる昭和五三年八月三一日付準備書面第六項により明なる如く被上告人の消滅時効の主張は予備的主張・仮定的主張である

二、かかる場合に於ては原判決としては先づ本論についての判断を判示(本件売買契約の有無並に売買契約が有効なるや無効なるや等の判断と判示)し然るに消滅時効の判断と判示をなすべきことは当然であると考える

三、然るにかかわらず原判決は消滅時効についてのみ判断判示しているから理由不備である

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